最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)914号 判決 1966年2月22日
上告人
丸金醤油株式会社
右代表取締役
木下元義
右訴訟代理人弁理士
築平二
被上告人特許庁長官
倉八正
右補助参加人
宝酒造株式会社
右代表取締役
田中豊
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人築平二の上告理由は、末尾添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第一点について。
原判決は、本願商標につき、これを全体的に観察しても、その母子円輪廓はありふれた特異性のないものであつて、その内に囲まれた「宝」の文字を特徴づけ「宝」の文字以外の観念を与える特殊な結合関係は存しないので、その要部を成す文字に基づき、ときに「タカラ」の称呼および観念を生じるものと判断したものと認められる。右判断は、実験則に違背するものとはなしがたい。右商標の円輪廓は圧倒的に強く印象づけるから、「マルタカラ」以外の称呼、観念を生ずる余地がないとする所論は肯認しがたく、一の商標について二以上の称呼、観念を生ずることもありえないものではない(昭和三六年六月二三日第二小法廷判決、民集一五巻六号一六八九頁参照)。論旨は採用しがたい。
同第二点について。
原判決がその挙示する証拠に基づいて認定したところは、論旨が引用した判示どおりの補助参加人の営業の状況であり、その商品である味淋、焼酎、本直し、梅酒等については、審決引用の登録商標をはじめとして「宝」の文字を図案化して成りあるいはこれを要部として成る商標を使用しており、その商品が「宝味淋」、「宝焼酎」等と呼称され、一般に知られているという事実であつて、所論のように、補助参加人の販売する各種の酒類および副産物のすべてが著名である事実を認定しているのではない。原判決の認定したのは、補助参加人の上記のような「宝」の字による商標が世人一般に知られ著名化しているということであつて、それには、かかる商標が、補助参加人の商品である味淋なり焼酎なりを媒介として世上一般に知れわたつていることを確認しうれば足り、もとより補助参加人の販売にかかる各種の商品のすべてが著名であることを必要とするものではない。そして前叙の事実は、原判決挙示の各証拠から決して認めえないものではないから、論旨は原判示を正解せずしてその事実認定を非難するものにほかならず、採用しがたい。
同第三点について。
審決引用の補助参加人の登録第四九三四二号商標および登録第五七八〇〇号商標における「宝」の文字は、一見「タカラ」と読めないほどに図案化されたものではなく、むしろ「タカラ」としか読めない文字であり、これら商標は「宝」の文字から成りまたは右文字を要部として成るものと認められるから、これら商標から「タカラ」の称呼および観念を生ずることを認めた原判決は正当であり、他面本願商標が同じく「タカラ」の称呼および観念を生じうるものとした原判決の判断の首肯しうることは、上告理由第一点について説示したとおりである。従つて、本願商標が補助参加人のこれら登録商標と類似することは否定しがたく、かかる商標の類似性をもつて商品の混同を生ぜしめる虞れを肯定する要素として取りあげた原判決の判断を、実験則違反とする論旨は理由がない。
同第四点および第五点について。
ある商標が世上一般に知られ、著名化すれば、その商標を周知させた商品またはそれと類似する商品についてはもちろん、それと類似性のない商品についても、これに右著名な商標と紛らわしい商標を使用する者があれば、世人はこれを著名な商標をもつ業者の製造販売ないし取扱にかかる商品と誤認して購入することがありうるのは明らかといえよう。そこで原判決は、まず補助参加人が「宝」の文字から成りまたは右文字を要部として成る商標を使用していること、出願商標はこれと称呼および観念を共通にする類似性をもつものであること並びに補助参加人の右のような商標が世上一般に知られ、著名化している事実を認定したのである。論旨は補助参加人は味淋、焼酎以外の商品については著名でないというが、たとえ所論のとおりであるとしても、その商標の著名性の認定を妨げるものでないことは、上告理由第二点について説示したとおりである。ところで、著名な商標をもつ業者の商品とこれに類似する商標を使用した他の業者の商品との間でも、その商品の出所の混同を生じさせる虞れの有無は両者の商品の種別、その商品の取引状態によつても左右されることがある。そこで原判決は、本願商標の指定商品と補助参加人の著名な商標による商品とは同一店舗において取り扱われることが多いことを顕著な事実として認定し、両者の商品は、本来品質、形状、用途を異にするものであつても、同一店舗において取り扱われることが多いという取引の実態に徴し、補助参加人の商標に印象づけられている多数需要者は、購入に際し類似商標を使用する他の業者の商品を補助参加人の商品と誤認しやすく、そこにその出所の混同を生じる虞れがあるものと判断したのである。このように同一店舗において取引されることを商品混同の虞れの有無の判定の基準とすることは、従来裁判例の採用するところであり(大審院大正一五年五月一四日判決、大審民集五巻六号三七一頁、同庁昭和一三年一〇月一五日判決、同上一七巻二一号一九九三頁参照)、叙上原判決の判定は相当といわなければならない。論旨は、補助参加人は味淋、焼酎についてのみ著名な業者であるから、これら商品と類似性のない本願商標の指定商品との間に商品の混同を生ぜしめる虞れのない旨を主張するものと認められるが、今日一般需要者、取引者にとつては、味淋、焼酎等の有力な製造販売業者が、その販売網により同じ店舗を通じ食料品、加味品等の販売ないし取扱をしたとしても、必ずしも不自然とは感じられないのが実情と思量せられ、従つて商品の非類似を強調してその混同の虞れを否定しようとする所論は肯認しがたく、その引用する裁判例も、本件については適切とはいえない。要するに、本願商標に旧商標法二条一項一一号の適用を認めた審決を支持した原判決は、正当といわなければならない。
なお、論旨は、本願商標と審決引用の補助参加人の登録商標を類似と認めた原判示を実験則違反とし、また、両者の商標が全く類似していないかぎり、補助参加人が味淋、焼酎について著名であつても、商品の混同を生じる虞れがない旨を主張するが、その理由のないことは、すでに説示したところによつて明らかである。また、論旨は、原判決が商標の類否の判定は直接には旧商標法二条一項九号の問題である旨を判示したのをとらえて云々するが、その点が上告人の主張を排斥した原判決の判断になんら影響することのないのも明らかである。
論旨はいずれも採用できない。
同第六点、第七点および第九点について。
本件において、現に補助参加人の商標が世人一般に知られているものとされ、かつ本願商標がこれに類似するものと認められる以上、これにつき旧商標法二条一項一一号の適用を排除するためには、かかる現状においても、なお本願商標が、補助参加人の商標に対抗して、上告人の商標として取引者、需要者一般にとつて商品の混同を生じる虞れのない程度に認識されうべき事情が明らかにされなければならない。しかるに過去において本願商標に類似する商標が古くから上告人によつて永年使用され、取引者、需要者間に広く認識されたとの上告人の主張事実は、原判決がそれを確認するに足りる証拠がないものとして否定するところである。また、さきにそのような商標が上告人のために登録された事実があるというだけではいまだ本願商標につき現に商品の混同を生ぜしめる虞れを否定するに足りず、原判決が別登録の商標に関する事実は本願商標の登録の許否を決するにつき基準とならない旨を判示したのは相当である。論旨はいずれも採用できない。
同第八点について。
所論の丙第六号証、同第七号証は、原判決の採用していないものであるが、右書証の示す商標は、それに附記的附飾的部分着色等があるにしても、図案化した「宝」の文字をその要部として成る商標であること一見明瞭であるから、右書証の存在は、補助参加人が現に「宝」の文字を要部とする商標を使用していることの認定の資料にはなつても、かかる認定を妨げるものではない。論旨は、原審採用の証人の証言を援用し、右書証の商標が補助参加人の現に味淋、焼酎に使用されている商標であるから、本願商標をその指定商品に使用しても、商品の混同を生ぜしめる虞れはないものと主張するが、前示書証の商標と本願商標とはその称呼および観念を共通にし類似商標と認めうべきものであること並びに原判決認定の事情のもとにおいては商品の混同を生ぜしめる虞れを否定しがたいことは、上告理由第三点、第四点および第五点について説示したところによつて明らかである。論旨は理由がない。
同第一〇点について。
本件記録によれば、原審において、上告人申請の証人矢形正は糖尿病兼高血圧症のため出頭不能と認められ、証拠調につき不定期間の障碍のあるものとして右証拠調をしないで結審されたもの(民訴法二六〇条参照)と推認されるが、所論のように、これに代るべきものとして、横田稔を証人として申請し却下された事実は、調書上みられない。たとえそのような新証人申請却下の事実があつたとしても、他にその主張事実、立証事項に関して証拠を取り調べている本件において、そのような原審の処置を違法とすることはできない。論旨は、結局原審の専権に属する証人の許否、証拠の採否を非難するものであつて、理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎)